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あれはなんだ かたちは無く

雨好きは伊達ではない。……

雨好きは伊達ではない。雨ほど強くて、優しくて、色鮮やかなものはない。

 

変な空だな、と思ったのだ。手前にさす光は柔らかく黄色がかっていて、奥の空はどんどんブルーグレイが濃くなっていく。雨がやってくるのだ。もう待ちきれなかった。

けたたましい大轟音が鳴り響いていた。それは自然なことで、だから初め僕は気づいていなかった。嬉々としてベランダに向かう。淡く鋭い光が、あたりを染めている。

気だるさなど吹き飛んだ。雨だ。雨が降っている。それしか頭になくて、傘と鍵を持って飛び出した。

 

あたりは霧がかったようになっていて、空はぼんやり明るかった。そんなに長くは続かないだろう。見晴らしのいい河沿いに立って、近くを観たいのか、遠くを観たいのか、よくわからないまま霧っぽい光景を見る。時折雷の音がして、でも空が薄明るくてよく見えない。それは少し残念なことだった。

ビニール傘の下に立って、ばらばらと誇張された音を聞く。足元にだんだん水が増えていって渦を巻く。振り返って一段低い道路を見れば、風の吹くままにさざ波が起こっていた。それは草原だった。道路の上にも、河の上にも、まっすぐ揺れる草原が踊っていた。

こんな豪雨は、めったにないから。一応儀礼的に辺りを確認してから、傘を降ろす。少しだけ冷たい、鋭い雨が全身を打つ。一気に服が水気を帯びていく。遠くの方で、さぁーっという音がして、近くの方で、ぱたぱたと音がする。雨はちょうどいい具合に柔らかく、降り注いでは流れ落ちる。七色に輝いて、光景がもっと薄くなっていく。いいぞ。もっと激しく降り続けばいい。次から次へと雨が肌を打つ。その感触も温度も香りも自然で、もうずっと昔から雨しか存在しなくなったみたいだ。このまま雨になって、流れていけばいい。

 

1分か2分ほど雨に打たれたあと、傘をさしてきた道を戻る。ところどころ水が深くなっているから、陽気に飛び越えて帰る。服が重くて肌にまとわりつく。そうだ。僕は人間だから。人間だから、流れていくことなんてできない。その変わり、雨が降っていることを全身で、五感で感じることができる。雨が降り始めて、降り止むまでを、見届けることができる。雨は雨だと理解している。それは幸運なのかもしれない。

物心ついたときからこうだった。雨が好きで、雨に打たれるのが大好きで。15分ほどして雨は小降りになった。次はいつ降るだろう。待ち遠しくてたまらない。