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あれはなんだ かたちは無く

脳裏に翻る光景

自分にはふと脳裏に翻る光景がある。いつでもどこでも何をしていても、ふわっと眼前に舞い降りてきて実際の外界を阻み、まるでその光景の中で過ごしているような感覚や感触を覚える。白昼夢にも近いのかもしれない。

他の色んな僕の特徴と同じく、おかしいだとか狂っているだとか思われて面倒なことになりやすいし(そう思われること自体は別にどうだっていいけど)、わざわざ話す必要もないため普段は人には話さない。

 

そもそも、僕の見る光景には3種類ある。1つ目はいわゆる光景で、目の前に展開し眼を通してとらえられるもの。2つ目はきっと"物質"という意味においては実際には存在しないのだけれども、確かに光景としてとらえられるもの。3つ目は、共感覚によるもので、各感覚に合わせて様々な不思議な反応としてとらえられるもの。

これらは知覚のみによるならば分類することは困難だが、魂がどこにあるのか・手触りや空気感の独特さ、などの直感的なものにより即時に分類することができる。

ふと脳裏に翻る光景をこれらに沿って区分するならば、2つ目のものにあたるだろう。そして、この光景についても、2種類に分けることが出来る。

1つは完全に、きっと魂が別の空間に移動しているのだろうと思われる光景で、自分が望めばいつでも見られる。恐らくは空想の一種であるし、知覚においても仮想的なものと理解できるが、確かに5感でとらえられるしそれもまた1つの現実である、と理解も出来る。(これを光景Aとする)

もう1つは、例えるならば何かの記憶が突如として情報を遮ってきた、その結果身体ごと別の空間に移動した、というような光景である。この光景の面白いところは、これもまた世界そのものを5感でとらえているうえに、"情報を遮ってきた"と言う感覚があるのに、やはり実際のいわゆる世界に同時に自分が存在していることもわかっている。何というか、世界と人の間には細い糸で繋がれていて、その糸が切れない絡まないようにしたまま、ある点からまったく別の次元にどうにか移っている、といった感じである。そのことに注意を向けると、光景は頭の中で再現される。というより、外側の感覚と内側の感覚と同時に展開される。本当に謎だけれども面白い感覚だ。(これを光景Bとする)

 

さて、これらの光景はもうずっと以前から僕のそばにあるのだけど、最近新たに変化が起こってきたので簡単に記録しておこうと思う。

 

光景A

・"扉と泉"。←こう書けば自分には分かるから問題ない。3歳前後から今までずっと。

・"光さす深海"。最近行くことが出来るようになった。色々な不思議な生き物たちと歌を歌っている。

 

光景B

・"荒野"。これは以前にもここに書いたかもしれない。灰色と黒い色をした空、ひびわれた大地、枯れ木、唐突に降る雨。これは今のところ光景なのだけど、どうもなんとなくこの場所に呼ばれている気がして、どの世界にあるのかはわからないけれど時間のある時に場所を特定しようとしている。僕はこの場所に必ず行かなければならぬ。確か9歳前後から今までずっと。

・"かすんだ黄金色の草原、くすんだ長い金髪の外国人、薄いカーキ色の服"。最近…この3月頃から頻繁に観るようになった。陽は昼過ぎで、風が北から吹いたり南から吹いたりしている。あの薄まったような空気感。外国人はゆっくり歩いたり立ち止まったりして、時々こちらを見つめてくる。その表情には何のメッセージもなく、穏やかな、理解しあっているような、そしてなぜかとても懐かしい感じがする。

・"石造りの建物(城?)"。つい最近、この6月から頻繁に観るようになった。緑の短い草が茂っている高地の丘の上に建っている建物で、かなり高い。とはいっても大抵屋内にいて外の様子はあまり分からない。分かっているのはゆるやかな階段が、高いエントランスに続き、そこから長い廊下が伸び、光が差し込んでいること、青みと黒味の混じった濃いめの灰色の石が使われていること、くらいだ。中の様子はひんやりとして薄暗く…いやかなり暗く、ところどころ高い位置に設置されたひし形の小窓から細く光がのびてさしこんでいる。人のいる気配はないが、ずっと放置されていたわけでもない。どこか怖いような雰囲気もなければ、懐かしい雰囲気もない。ただ、自分にとって別荘のような通過点のような、とても親しい近い空気を感じる。この場所には訪れてまもないうえ、光景Bは自分でコントロールできないため、まだ内部もあまりよく解っていない。高い鐘楼と、中庭に続く扉があることはわかっている。